こんにちわ。ろみい(@RomieRomie5)です。
わたしが現在の家に引っ越してきたのは約3年前。
上の写真も我が家からの眺めですが...素敵でしょう~♥
遠くには海も見えてます...(´艸`*)
でも、正直言うと、絶対にここには引っ越してきたいと思わなかったし、住みたいと思わなかったのです。出来れば...最後まで、この家を処分したいと思っていました。
でも、最終的には住む...という選択した場所が今の自宅♥
住んでみれば、本当にいいところなんですが...
ここは、わたしたちが住む前は「ゴミ屋敷」でした。
「ゴミ屋敷」ってテレビで見たことがあって...
「すごいな~。どうやったら、ああなるんだろう...」と他人事でしたね。正直...
しかし、
本物を目にしたとき...
それはそれは仰天してしまいました!!!
そんなこんなで、その後「ゴミ屋敷」とは、長い長いお付き合いになるのでした。
香港での出来事なので、日本とは状況が若干違うところもあるかもしれないけれど、15年以上もゴミ屋敷をめぐって、いろいろあったことは...誰かの役に立つかもしれないと書き始めることにしました。何回かに分けて書きます...。
宜しければお付き合いくださいね!
ゴミ屋敷とは
Wikipediaでは、このような定義になっています。
ごみ屋敷(ごみやしき)とは、ごみが野積みの状態で放置された、ゴミ集積所ではない建物(主として居住用)もしくは土地のこと。居住者が自ら出すごみはもとより、近隣のごみ集積所からごみを運び込んだり、リサイクル業を営んでいるとしてごみを溜め込んだりする。
精神医学の見地では、強迫性障害(OCD)のひとつに強迫的ホーディングがあり、異常行動のひとつの類型として「収集癖」(Hoard、死蔵・退蔵・保蔵、もしくはHoarding、ホーディング)が生じることが報告されている[1]が、ごみ屋敷の発生理由については定説はない。
悪臭やネズミ、昆虫(特に害虫)の発生等により近隣の住民に被害が及ぶほか、ボヤや放火などの犯罪に遭いやすいことから問題視されており、主に民放テレビキー局のワイドショーやニュースで報道され、社会問題として取り上げられている。
By Wikipedia
ゴミ屋敷...
本当に現場に立ち会うと凄まじいです。恐怖です...
屋敷になりつつあった彼女の家...
彼女と始めて出会ったのは、20年以上も前のこと。
まだ、その頃の彼女の家はソファーに座り、テーブルに物を置き、テレビを見る空間がありました。
しかし、それから間もなく彼女の家を尋ねるごとに、物が増えだし、床にものを置くスペースがなくなり、歩くのも廊下の両側に何十年前の新聞、雑誌が積み上げられていて、歩くのが大変。その頃には、他の3つの部屋のドアは開けることも閉めることも、入ることも出来なくなりました。
「よくもま~これだけの物を集めることが出来たな~」と感心する気持ちもあるのだけど、正直、あきれてモノが言えなくなってしまいました。そして、この家は靴を履かずにして入りたくない。正直な気持ちでした。
ある日見かねて、「掃除を手伝う」「ごみを捨てよう。」と言うと
「全部大事なものだから...触らないで...」と怒り始めて、出て行けとばかりに家を追い出されてしまいました。
当時彼女は、70代後半の女性で一人暮らし。
息子に買ってもらったマンション3LDKに一人で住んでました。
世界的に見ても超高い香港の住宅事情を考えると
贅沢な暮らし方をしている老人と言われている人。
でも、わたしは知っていました。
彼女の心はいつも不安で、満足できなくて
「今の自分は、不幸だ!もし、過去のあの時に、
この選択をしていなければ、
全く別の人生を選んでいて、
わたしはきっと女優だったと...。」
50年以上経ったその時にもよく言ってました。
息子夫婦は、彼女に「一緒に暮らして、今の状況を改善しないか?」と持ち掛けたりもしましたが、彼女は一切聞く耳を持つことはありませんでした。
いつもは外で彼女と会っていたのですが、家に行く機会が出来たので行ってみました。前回の訪問時より...ひどい。
また、見かねて...
私:「おばーちゃん、危ないからいらないものは捨てた方がいいんじゃあないの?」
おば:「いらないもの?そんなものないよ!ここにあるのは全部大事なものなんだ よ!」
見回してみると、10年、いやもっと前の雑誌や新聞。
スーパーの買い物袋の山。何かなんだか分からないようなものまで
ありとあらゆるものが置いてありました。下の方は、色が変わり、床と同化しているようにさえ見えました。
おば:「実はね。あなたにプレゼントしようと思っていた、あの服やあの小物はどこに行ったかな?最近、探せないんだよね。あったら、あんたにあげたいし 見せてあげたいのだけどね~」
私:「げっ!そんなの要らない~。」
とは、言いませんでしたが...あまりにもすさまじい状況のため
このお家から何かをいたたきたいとは全く思えない...
私: 「こんなにもモノがあって見つけにくいんでしょう?手伝ってあげるからさ~
ここら辺の物も捨てない(古い新聞紙)?」
おば:「あ~、だめだめ!!! それは、今度使うものなんだよ!!!」
私:「いつ??」
おば:「分からんけど...!」
私:「わからないんだったら、
あっちにもこっちにもあるんだから、少し捨てようよ」
おば:「ダメだ」
おば:「もう、いいから!!! あんたに言っても、わかりゃあしないよ!!!
大事って言ったら、大事なんだから...」
何度がこのような状況になりましたが、彼女は誰にも自分の家のものを触らせることはありませんでした。
寝る場所もない...
少しひどくなっていたこの時、少しずつ捨てれるものなら捨てたかった。
なぜなら、この時、彼女自身が寝る場所を確保出来ないくらいの物に囲まれて、生活していたから...
これぐらいの時期から、おそらく体を伸ばして寝れなくなったからだと思うのですが、首を痛めて病院にも通っていたし、ひざが痛いとも言いだしていた。
しかも、不衛生だし、何かの拍子に火なんてついたら一瞬のうちに火は、家中に広がってしまうだろう。それに、70歳を過ぎている彼女自身がこけたりでもして、怪我をしてしまったら大変。
そんなこんなで、ご近所さんからもクレームをもらうことが増えてきた。
この状態では、だんだん済まないようになってきた。
わたしが訪問するたびに、お隣さんがさりげなく嫌味を言ってきた。
理想はこんな家だったはずなのにね...
なぜに?
こういう人たちの中には一種の強迫観念があると聞いたことがある。
彼女にもあったのかな?
しかし、彼女のモノへの固執はものすごい。何も捨てれない。
そして、買い物のへの執念もすごい。山ほどのショッピングをして家に帰る。
誰にも止められない。
戦争の時代を生き抜いてきた彼女。物のない時代を経てきたから、モノを大事にする気持ちやモノが捨てれないことは理解できるけど...。買い物に関しては本当に中毒でした。
想像を絶するあの家の中の光景を目にした時...
わたしは、自分の理解を超えたことが目の前に起こっていることに気がつきました。
ああ、お義母さん。
息子たちが何を言っても頑として自分の意見を変えない人だけど...これは、近所の人にも迷惑をかけるし、危ないし、このままほおっておけない。
わたしと主人と弟と...親戚たちとでこの「ゴミ屋敷」問題を解決すべく立ち上がった私たち...しかし、この後、15年以上もわたしたちはお義母さんとゴミ屋敷に振り回されたのでした。
思い起こせば...
彼女自身、いつもモノに囲まれた生活をしていたので、気を許せば、体調が悪くなれば、すぐにゴミ屋敷に近い状態になることは、想像できてました。
しかし、ゴミ屋敷状態(ひどい状況)になってから、数年間お義母さんは、わたしも家の中に入れようとしませんでした。一応、恥ずかしい思いはあったようです。
当時も..本当に大事なものってなんなんだろう?
あの時のお義母さんを見て、いつも思わされました。
あの状態になってしまったのは、いろいろな要因があると言われていますが
それでも、モノに固執するのはやめようと...
あの時にものすごくインプットされました。
ああ、お義母さん。自分の寝るための場所がないほどにモノをため込んだのか?
その真相は深い...ですが、この「ゴミ屋敷」と「お義母さん」と「家族の闘い」を時折書いていきます。
では...
ろみい